DSpace at My University >
04 短期大学(英語科) >
043 「大阪女学院短期大学紀要」 >
29号(1999) >
このアイテムの引用には次の識別子を使用してください:
http://hdl.handle.net/10775/527
|
タイトル: | 多文化主義教育言説の逆説 : エスノメソドロジー的視座からの一考察 |
タイトル別言語: | The paradox of multiculturalism as an educational discourse : From the ethnomethodological perspective |
著者: | 倉石, 一郎 |
キーワード: | 多文化主義 教育言説 エスノメソドロジー 事実性の保持 <いま=ここ>のリアリティ |
キーワード別言語: | multiculturalism educational discourse ethnomethodology facticity <here-and-now> reality |
出版者: | 大阪女学院短期大学 |
利用可能日: | 2011-02-18T11:40:48Z |
発行日: | 2011-02-18T11:40:48Z |
受理日: | 1999-09-10 |
自由記入: | 自由論文 |
抄録: | 本論文は、多文化主義教育言説の批判的解剖を試みたものである。ここでの「解剖」は、現実に流通している多文化主義教育言説が当の現象=言及対象のあり方に関与し、学校教育というリアリティの維持や制作に一役買っている局面に照準を合わせた。前半部で、通常の意味で多文化教育についての包括的な「理論」と見なされる「研究者」の言説を、J・バンクスの所論を手がかりに分析し、後半部では、筆者のフィールドワークのデータに基づいて、ある教室の授業場面である教師によって運用されている多文化主義教育言説を分析した。分析から多文化主義教育言説が、「現象記述と問題解決」といった額面とは裏腹に、社会的な力学や関係性の「事実性」の保持や、<いま=ここ>で生成する現実の隠蔽というメカニズムをビルド・インさせ、批判的視線や反省的意識が学校教育に及ぶのを阻害している点が明らかになった。私たちはそこに、多文化主義教育言説の大いなる「逆説」を見る。 |
資源タイプ: | Departmental Bulletin Paper |
ISSN: | 0387-7744 |
NCID: | AN00029189 |
掲載誌名: | 大阪女学院短期大学紀要 |
号: | 29 |
開始ページ: | 27 |
終了ページ: | 41 |
ページ数: | 231 |
発行日: | 2000-03-01 |
言語: | ja |
著者版フラグ: | publisher |
出現コレクション: | 29号(1999)
|
このリポジトリに保管されているアイテムは、他に指定されている場合を除き、著作権により保護されています。
|